最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)267号 判決
民法第一七七条が本件の買上げについて適用が無いことは当裁判所昭和二十五年(オ)第四一六号、同二十八年二月十八日大法廷判決の判旨により明である。それ故、右規定の適用あることを前提とする論旨は採用出来ない。
同第三点に対する判断。
原審は訴外榛葉太生と被上告人との売買においては只当時登記が為されなかつたと認定しただけで、外部関係においては榛葉に所有権を留保したものとは認定して居ない。それ故論旨前段は原審の認定しない事実を前提とするもので上告の理由とならない。被上告人がその債権者の差押を免れる為めに登記を遅らせたとしても(民法第一七七条の適用なしとする以上)その為め本件売買の効力に影響を及ぼすべき何等の理由もない。それ故論旨後段も理由がない。
よつて民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従つて主文のとおり判決する。この判決は第二点について裁判官井上登、同島保の少数意見がある外裁判官全員一致の意見によるものである。裁判官井上登の意見は前記大法廷判決の同裁判官の意見どおりであり、裁判官島保の意見は右井上裁判官の意見と同一である。
(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)
上告代理人弁護士林徹の上告理由
第一点 原判決は異議申立期間の計算を誤り、行政事件訴訟特例法第二条により適法な異議申立なきものとして本訴却下すべきにかかわらずこれを為さざりし違法がある。
原判決は「池田町農地委員会は本件農地委員会は本件農地買収計画の書類の縦覧期間を昭和二十二年十二月二十四日から同月二十八日まで及び同二十三年一月六日から同月十日までと定めて告示した」ことを認定し、その異議申立「期間は必ずしも買収計画公告の日から起算して十日間たることを要せず、期間を区分して前後を通じて十日の期間を定めても、別に異議申立権者の不利益を生じないから、あえてこれをもつて違法でないと解すべきである」と判断した。然し農地買収計画の縦覧期間は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六条第五項昭和二十二年農林省告示第二十五号「自創法第六条等の規定による縦覧期間の計算に関する件」により公告の日から十日間と定められ、この規定は強行規定であるから、本件異議申立期間は最初の公告の日たる昭和二十二年十二月二十四日から十日間たる昭和二十三年一月四日をもつて満了したものと解すべきである。従つて同法第七条第一項但書により本件異議申立は不適法であり、同月八日異議申立をするも適法な異議申立なきものとして行政事件訴訟特例法第二条により本訴を却下すべきである。
第二点 原判決は「民法第百七十七条の規定は、自創法による農地の買収には、この適用がないものと解するを正当とする」と判断しているが、これは明かに違法である。
(一) 自創法による買収そのものは私法上の不動産の取引関係と異なり、その買収の効果を政府から第三者に対抗するにつき、民法第百七十七条の適用がなく、従つて登記を要しないが、本件において上告人の主張するところは、政府の買収の対抗要件ではなくて、榛葉太生より被上告人に対する農地の所有権譲渡の対抗要件である。その譲渡は、公権力による所有権取得ではなくて、私法上における不動産の取引関係である。その取引については民法第百七十七条の適用あること明かである。その取引関係から見て、上告人は明かに第三者である。而して本件において上告人は民事訴訟法上の当事者として榛葉太生と被上告人との間の私法上の取引たる農地売買の対抗力が第三者たる上告人に及ばないことを主張するものであるから、民法第百七十七条を援用し、登記の欠点を主張して、被上告人の本件土地の所有権取得を否定することを得ること明かである。
(二) 昭和二十一年法律第四十二号農地調整法附則第二項及び昭和二十二年法律第二百四十号農地調整法附則第二条において、農地の所有権移転登記の完了しているものについては、農地調整法第四条の改正規定を適用しないと規定したのは、自創法による農地買収を免れんがための脱法行為を防ぐため、農地調整法第四条を改正するに当り、登記のあるものについては、農地所有権の効力を認めたものであつて、この立法の趣旨から見ても、農地の買収について、売買当事者間の農地所有権移転登記の効力を認めたものであり、従つて又登記の欠缺の効果をも認めたものなること明かである。
(三) 農地の所有権移転については、登記がない以上は、民法第百七十七条の規定により譲受人自ら所有権取得の事実を主張することができないから、農地委員会が、その譲受人を所有権者として取扱うことを要しないことは自創法による農地買収につき、農林省、法務府その他の関係官庁の取扱例として確定せるところである。この点は、農林大臣及び司法大臣の昭和二十三年二月三日附書面に基き、閣議を経て国会において政府の答弁せるところであり、昭和二十三年三月十七日同年農地第九一号農林省農地部長通達を以て都道府県に公示せられたものの中にも含まれており、農林省農政局農政部の昭和二十三年七月一日発行の農地改革資料第四十号における回答も同趣旨であり、農林省農地局長の昭和二十三年九月二十九日農局第三五六二号通牒も同趣旨である。今次の農地改革に当つては、その趣旨の取扱例頗る多く原判決の如き認定になると、今次の農地改革の遂行上頗る重大な支障を来すものである。蓋し今次の農地改革に当つては、特にこれを急速に実施することが要請せられ、農地委員会が登記名義の如何にかかわらず、常に必ず農地の関係当事者間の契約の上での実体法上の所有権を確定して、その者の所有たることを前提として買収計画を定める義務を負うものとすれば、自創法に基く農地の買収は事実上不可能となる場合が少くない。例えば、農地の所有権について争がある場合に所有者が農地の買収を免れんがため、通謀して所有権譲渡を仮装した場合等には、先ず農地委員会より所有権主張者その他の関係人に対し、農地所有権確認訴訟を提起し、その確定判決を経た上でなければ買収手続ができないというが如き、不合理な結果となる。従つて、農地委員会は所有権の移転が事実であり、且つ合理的であるときは、未登記でも真実の所有者を対象として買収計画を立てることはできるけれども、それには確定日附ある証書や公正証書のように明瞭な証拠がある場合に、その取扱を為すべきであつて、さうでない場合には、農地委員会としては、当然登記簿上の所有名義人に対して買収手続をなすべきである。農地委員会は登記がなくても、真実の所有者が明かな場合には、その者に対して買収計画を立てることはできるが、これがため、登記簿上の所有名義人に対して為したる買収手続が違法となるものではない。登記を怠つておる所有者については、真実の所有権があるか否かを調査確定して後初めて、その者に対して買収手続をなすべき義務はなく、登記簿上の所有名義人に対してなしたる買収計画その他の手続が有効なること明かである。
第三点 原判決は「控訴人は昭和十四年三月五日榛葉太生から同人が訴外荻窪恒市に小作させていた本件農地を代金二千五百円で買受けた上、これを控訴人の相続人名義に所有権移転登記をすることとしたが、控訴人は当時訴外株式会社角三製糸所が訴外池田産業銀行に対して負担した債務の保証をしていた関係上、同銀行から差押を受ける懸念があつたため、その移転登記を後日に延期しておき、移転登記をするまでは本件農地の管理を榛葉に托し、従前どおり同人において荻窪から小作料を受取り、公租公課等の費用を差引いて残余を引渡してもらうことを約し、そのとおり実行して来た」と認定している。従つて、榛葉太生はその所有の本件農地を内部関係において被上告人に移転したるに止まり、外部関係においては自己所有権を保有していたものであり、農地買収手続は外部関係において昭和二十年十一月二十三日当時所有権を有する登記名義人榛葉太生に対して為すべきであつて、何等の違法はない。かかる場合に、政府がその登記名義人たる榛葉太生の所有として買収手続をすることは当然であつて、これを違法とするが如きは「表示行為に対する第三者の信頼を裏切ることによつて、その第三者に不測の損害を与うる」ものであり、民法第九十四条第二項により善意の第三者たる上告人に対抗し得ず、且つ政府又は農地委員会は前記の如く「差押を受ける懸念があつたため」これを免れるためにした登記名義存続行為者たる榛葉太生を保護するが如き不正行為を保護すべきではないから、被上告人は禁反言の法理上、榛葉太生を所有権者として為したる本件買収手続の違法を主張できない。
何れの点よりするも原判決は違法であるから破毀せらるべきである。 以上